ぐらんまさんの日々

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2013年 07月 13日

「もう、こんな眼はいらない!」

こんなに小さくても、必死で爪先立ちして手をのばす♪
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今回の母の入院で思いがけない方と、一過性だが知り合った。きっと神が私の為に、仕掛けて下さった御業(みわざ)なのだろう。

2010年2月2日に「くも膜下出血」で倒れた私。
その後遺症のひとつに左眼が術後まぶたが閉じたままであった。・・・・・・・・・・徐々に開きだし4月28日に都立墨東病院を紹介され 「この眼を治して下さい」と眼科医にお願いしたわけだ。しかし「これを治す医師は日本に5人ぐらいしかいません。都内ですと東大病院か日大病院ですね。」
そんな経緯で東大病院を選び、田邊先生と出会ったわけだ。

何回も先生と術後の眼の回復の難しさを話しあった。私が20歳前の若者なら、右も左も同じ様に動くようになるが60歳を過ぎていては99%無理であろう。それでも外見的に今の変な眼が、普通の眼になるのと一応左に視力が戻るように僕はしますとの先生の言葉に勇気を貰ったわけだ。
術後、東大病院眼科の特殊外来で子供達に混じって左眼の眼筋回復体操を根気よくやった。しかし、歳は歳で理想の動きを取り戻すのは至難の業だった。
あれから三年経って、この左眼が鬱陶しく、邪魔で、アイパッチで覆ってしまおうかと考え出した。
それこそ外見状は普通の人の眼に見える。左眼がよく動かず、見ることを右眼と協力出来ずにいるなど、私以外は誰も分からない。
「もう、こんな眼いらない!!」
階段は恐いし、左から来る人や自転車、子供なんか凄~~~く恐い。

今回出会った彼女も一見普通の眼の人だった。
母の術中、病室で待つことにした私は部屋にいる彼女と、なんとなくお互いの身の上話や眼の病気のことなどをだべっていたのだ。私の眼の話になり「もう、こんな眼はいらない」とポソっと云うと、彼女は「両眼ともほぼ見えてない私より右眼が見えるんだからいいじゃない。第一もしその右眼に何かあって見えなくなっても、今いらないって云う左眼が生きているのよ。」
考えもしなかった発想だ。
そうだ、大事な左眼なんだ・・・今は邪魔でも。視力を戻してくれた先生にも感謝なんだ。馬鹿な私。
今の自分に邪魔だと,人間は勝手な思いに走る。その愚かさを教えられた。


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by kumykokona | 2013-07-13 12:22 | 身体について


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